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秀吉による田村氏の改易

宗顕は1590年、豊臣秀吉の小田原の役に参陣せず、奥州仕置によって改易され、田村領は政宗に与えられた。これは、田村家の家督は清顕より渡され自分にあるとした伊達政宗が宗顕の参陣を止めさせたためであり、結果的に政宗は奥州仕置を利用して田村領を乗っ取った形になった。この政宗の裏切りとも思える行為に宗顕以下田村家中は失望、憤慨した。宗顕は改易後、政宗の庇護の申し出を断り、牛縊定顕と名乗り隠遁した。政宗は田村家中も米沢へ招致しようと努めたが、田村家中の多くはこれを断り蒲生氏や上杉氏、相馬氏などに仕官するか、旧知行地に帰農した。

なお、宗顕は後に愛姫の意向により仙台藩領白石に身を寄せ白石城主片倉景綱の姉・片倉喜多の名跡を継いだ。また、他家に仕官した旧田村家中も蒲生家の改易や上杉家の減封による召し放ちによって浪々し、最終的に伊達家に仕官する者も多かったのである。

旧田村家中は主家の改易により蒲生氏や上杉氏、相馬氏などに仕官するか、旧知行地に帰農した(長男が旧知行地に土着帰農して先祖伝来の土地と墳墓を守り、二男以下は他家に仕え武家として存続した例やその逆も多い)。 帰農したものは近世に至って庄屋・豪農といった村落特権層を形成し、郷士や在郷給人といった待遇を受けるものもいた。実際、近世三春藩の庄屋層は田村氏の流れを汲むものや家中館主の後裔であると思われるものが多数を占める(もっとも、近世初期から幕末までその職分を一貫して得ていた家は少ない。三春藩では基本的に庄屋は世襲であったが、中期以降に経済力をもった新興豪農層に取って代わられることも多々あった)。

また、合戦の敗北による断絶ではなかったため、帰農した田村家の一族・家中館主とその子孫は敗北感を持たず、剛腹で武勇に富み、家門を称して村民からは「御屋形様」などと呼ばれた。山に囲まれた田村郡の地勢もあり戦国の気風が強く、新領主の蒲生氏や上杉氏は懐柔に苦労し、旧田村家中を庄屋に任じ在郷の士分として扱った(田村家中時代の知行高の10分の1を采地として与えられたと記述する史料もある)。そのため、彼らは在地の実力者として権勢を誇った。

しかし、それによる弊害も多く、秋田氏の入封後は平庄屋の苗字帯刀を禁止し、持高の制限を行った。給人庄屋と呼ばれる在郷給人に列せられた庄屋や割頭と呼ばれる大庄屋層はこれ以後も苗字帯刀御目見えなどの特権を維持したが、これにより庄屋の地侍的性格は否定された。

地侍的性格は否定されたが、三春藩における庄屋は藩命により転村することも多々見られ、支配の末端に属する藩の下級官吏的な面が強かった。また、庄屋層の中では新田開発や役儀精勤の功、特に由緒のあるものなどは在郷給人に列せられた。 在郷給人は給地や苗字帯刀御目見えの特権を与えられると同時に、臨時の軍役が課せられることもあるなど一般にいう郷士といえよう。
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もっとも三春藩には在郷給人とは別に、より上位の階層に位置し、多額の献金によって藩財政への貢献がとくに高いものが列せられた「郷士」も存在した。在郷給人が給地支給で準士分(下士の一段下の階層としての扱い)であるのに対して、知行を与えられ徒士並(下士としての扱い)として遇された。

これらの背景から旧田村家中の子孫は、士分的な意識を持ち続けることが多かった(ただし、在郷給人や郷士であっても家中とは厳然とした身分差・待遇差があったことを付記しておく)。 なお、三春藩の在郷給人や郷士は、明治初期の版籍奉還を前に藩が制度を廃止したため、 これらの待遇を受けていた土着した旧田村家中の子孫は士族とはならず、平民籍となった。

その後、愛姫の遺言により伊達忠宗の三男宗良が1652年岩沼3万石を分知され、田村宗良を名乗って田村氏が再興される。後に一関に移り一関藩となった。この近世大名田村氏は伊達62万石の内に3万石の領地を分与された内分分家大名であったが、幕府に対して直接公役を果たし、譜代大名格となる。なかでも一関初代藩主(近世大名田村氏としては二代)田村建顕は、奏者番として江戸城に出仕し、浅野長矩の刃傷事件に際してその身を預かり、邸内で切腹させたことでも有名である。再興された田村氏は幕末まで一関を領し、明治以後は華族令によって子爵に列せられた。

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2009年06月05日 11:40に投稿されたエントリーのページです。

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